僕は子供の頃から贔屓(ひいき)されてきた方だと思います。当時はまだ珍しい母子家庭だったり貧乏といった家庭環境の同情もあったかもしれませんが、子供ながらに他の人よりも良い環境だったように感じます。社会に出ても、他者より厚遇を得る事も多く、妬みやっかみも多かったように思います。

贔屓の要因は何だろうか?と考えると「程よいアピール」なんじゃないかなと僕は思います。こんにちは。ケンイチローです。

 

例えば、上司が二人の部下に指導(説教ともいう)をした時、メモを取ったり素直に聞く姿勢の部下と、聞いているのか聞いていないのか分からないような態度の部下がいたとして、後者に好印象を抱く上司は少ない……いや、いないはずです。逆に質問やアドバイスを求めたり、返事が良かったりすると好印象を得られ、贔屓目で見られるようになる事が多い。ただ、過度な質問やアドバイスを求めると「うざったい」と思われて逆効果になります。だから「程よいアピール」な訳です。

 

この「程よい」がとっても重要で、このバランスが分からないと「空気を読めない人」になってしまうし、贔屓目で見られる他者を「ズルい!」と批判するような人になります。空気の読めない人は基本的に自己中心的なので。

ちなみに、これは上司部下に限らず師匠弟子、教師生徒と言った「教える教わる」の関係でも当てはまります。無気力な生徒に必要以上の熱を入れる人も珍しいですから。つまり、上手くなりたいのなら、もっとアドバイスを貰いたいなら、教える側から沢山の情報引き出したいなら、「教わる側の姿勢」が重要です。そういう姿勢は、教える側の意欲を掻き立てるので、いちいち気にしてもらえる存在になったりします。大人数を教える教師だと、生徒の理解度のバロメーターになるので必然的に目をかけられるようになります。ただ、迎合するのとは違うので注意してくださいね。

もちろん、上記で書いたような要因以外で贔屓される事も沢山あります。容姿とか。こればかりはどうしようもありません。でも、無い物で嘆くより、誰にでも出来る事をちょっと頑張るだけで同様に目をかけられ、同じ事が得られるはずです。

 

という訳で、教わる姿勢を大事にして、目をかけられるような存在になって沢山の情報を貰える事を心がけましょう。教えを得られる量が変われば同じ時間を生きていても結果が違ってきますよ。本日は以上です。1/3でも伝われば幸いです。